gapJAPAN 1992年9月号
TEXTILE CREATION
静かな山裾のベルベット
福井から京都に向かって南下すると、まもなくコシヒカリの田圃の向こうのなだらかな山裾に、静かな村が広がっているのに出逢う。今立町(現 越前市)である。その部落である国中なは、各戸が交賛で80年に一度、部落全員にごぼう鍋振る舞う「ごぼう講」という風習が遺っているというような、中世、いや古代の面影すら偲ばれる一帯である。そこが千年の伝統をもつ越前和紙の産地であり、横山大観が紙を吟味しながら、写生したなどの話は、いかにもその風景に似つかわしのだが、この今立には三つ日本一があり、それは細幅織物と羽二重とビロードだと聞かされると、どこに機音がするのかと、耳を疑ってしまう。聞こえてくるのは、田をよぎる風だけのように思われるのだ。
隣の鯖江は、眼鏡枠の大産地であり、三宅一生が愛してやまないアンパン
を売る木村屋があるなどの余談もあるのだが、今立を中心に鯖江を加え、日本の衣料用ベルベットの9割を生産している。
京都からこの土地にベルベット生産が移植されたのは、戦後まもなくのころ。羽二重だと最低8台の織機が必要だが、ベルベットなら4台で喰っていけるという、単純で深刻な理由によるものだった。先駆者は揚原新十郎と長谷川幸助。大手の揚原と長谷川繊維工業の創業者だが、当初は2、3台の規模。京都杣長の指導を受けながら成長し、現在福井全体で600台になっていよう。イスラム教徒が礼拝に使う敷布を中近東に輸出して、一気に業界の基礎を固めた。
ノスタルジー賛歌・ビロード( gapJAPAN )
1992.09.15